【MDD Diary 2025】#13 (2025/9/20)
2025-09-23
本日から「医療機器開発の実践」がスタートしました。初日は、産学官連携の現状、企業における参入課題、アルツハイマー病の血液バイオマーカー開発、ベンチャーの立ち上げ経験、人工呼吸器の開発軌跡、そして事業化戦略やビジネスモデルの考え方まで、幅広いテーマを通じて「医療機器開発のリアル」に触れることができました。

1限目 我が国の医療機器開発の環境の現況と近未来 ~医工・産学官連携による医療機器のイノベーション戦略~
妙中 義之先生
国立循環器病研究センター
医療機器開発を進めるにあたっては、「医療現場が本当に求めているもの」、そして「市場において需要があるもの」を見極めることが極めて重要であると強調されました。しかし実際には、多くの事例が試作品製作から始まっており、現場の普遍的なニーズを十分に掴めていないケースが少なくありません。個人の意見や経験に偏らず、できるだけ広い視点から課題を抽出する必要性を改めて学びました。
質疑応答の中では「なぜアメリカが現在の医療機器市場における地位を確立できたのか」という質問が出されました。これに対して、アメリカはもともと肥満や循環器疾患といった深刻な健康課題を抱えていたことが大きな背景となっていたことが示されました。さらに、国の支援に加えて民間の力が強く関与したことが、産業全体の発展を後押ししたと説明されました。日本においてもAMEDによる支援は重要であるものの、将来的には民間への移行が不可欠であるとの指摘がありました。
講義全体を通して、「普遍的なニーズを掴むこと」「産学官だけでなく民間を含めたエコシステム形成の必要性」という2つのポイントが印象的でした。

2限目 医療機器開発から販売までの取り組み~医工連携と参入課題への対応~
保坂 誠先生
山科精器株式会社
大学との医工連携を軸に、医療機器開発に取り組んできた実践的な経験についてご講義いただきました。医工・産学官連携で開発されるプロジェクトのうち、実際に上市に至るのは全体の約20%に過ぎず、大半は途中で終了するリスクがあると指摘されました。内視鏡用洗浄吸引カテーテルなどをはじめ、医療機器の開発から製品化に至るまで約10年という長い時間をかけて取り組んできた経緯が紹介されました。資金面については、自社資金のみで進めると開発が停滞しがちになる一方、公的支援を活用することで計画的に事業を推進できるというメリットがあると強調されました。また、地域振興の場に参画し、大学や企業との連携を通じて開発を進めてきたことも示されました。さらに、事業推進において重要なのは、完璧な製品計画を立てることよりも、製品コンセプト(価値)を市場の中で磨き上げる姿勢だと指摘されました。特に、医師が重視する「学術的価値(新規性)」と企業が求める「臨床的価値(実際に使われるか)」には差があり、そのギャップをいかに埋めるかが鍵であると述べられました。海外展開については、展示会への出展を通じて認知度を高めることが重要であり、自社ブランド確立には「ものづくり力」以上に「マーケティング力」の育成が必要であると示されました。
質疑応答では、「医療機器事業の分社化を検討したことはあるか」という問いに対し、事業スピードは既存事業の業績に依存するものの、既存事業のリソースを活かすことで製品開発が可能になるというメリットが大きいため、現状では分社化は見送っているとの回答がありました。

3限目 アルツハイマー病における血液バイオマーカーの確立
岩永 茂樹先生
シスメックス株式会社
検体検査や生体検査を担うダイアグノスティクス事業に加え、手術支援ロボットを中心としたメディカルロボット事業も展開しており、「より良いヘルスケアジャーニーを、ともに」という長期ビジョンを掲げ、国内外に取り組みを広げています。本講義の主題は、アルツハイマー病における血液バイオマーカーの確立でした。認知症は高齢化とともに有病率が増加し、2060年には日本だけで24兆円もの社会的コストが生じる可能性があるとされています。近年はアルツハイマー型認知症の原因物質に対する治療薬の開発が進んでおり、複数のバイオマーカーを経時的に検査することで治療薬の適切な選択が可能になってきました。全自動免疫測定装置 HISCL-5000を用いて血液中のアミロイドβ(Aβ)を高感度かつ定量的に測定する技術を確立されており、アミロイドPETによる脳内Aβ蓄積状態との高い一致率が確認され、複数施設で優れた診断性能が示されています。これにより、Aβを標的とした治療薬開発や、より早期の介入を目指した臨床研究への応用が進んでいます。
質疑応答では、「将来的に便潜血検査のように、一定年齢以上の方に毎年Aβ血液検査を実施する流れになるのか」という問いが出されました。これに対し、将来的にはそのような体制が望ましいが、検査自体の低コスト化やデジタルバイオマーカーなど他のモダリティとの組み合わせも重要であるとの見解が示されました。

4限目 細菌・ウイルスの迅速診断を実現した新規IVD機器の開発
永井 秀典先生
大阪大学 大学院工学研究科 ビジネスエンジニアリング専攻 ・国立研究開発法人産業技術総合研究所 モレキュラーバイオシステム研究部門)
博士課程在籍中にマイクロウェルアレイを用いたデジタルPCR法を開発し、その後ベンチャーを設立されたご経験をもとに、研究成果をいかに事業化へとつなげていくかについてご講義いただきました。まず、高速リアルタイムPCRプロトタイプの開発について解説がありました。大企業では、景気動向や役員交代による事業見直しのリスク、研究開発後の生産技術分野への関与の難しさといった制約があります。これに対し、ベンチャー企業は研究開発から事業化まで主体的に関与できることが大きな強みです。研究者自身がリスクを取ることで本気度が示され、技術に加えて明確なビジネスプランを持つことで技術単独よりも魅力が高まることも指摘されました。また、周辺技術や市場環境、ニーズを熟知した人間がビジネスを描くことの重要性についても強調されました。
一方で、ベンチャー経営には華やかなイメージとは裏腹に、想定外のリスクが数多く存在します。経常的な経費は極力抑制しなければならず、知財強化に必要な費用の確保も容易ではありません。資本金の少なさや株主構成の制約は信用力の欠如につながり、契約交渉において不利に働くこともしばしばです。さらに、COVID-19の流行時には検査薬の緊急開発を行い、迅速に承認を得た経験が紹介されました。
最後に行われた質疑応答では、「創業者にとってはIPOとM&Aのどちらがリターンが大きいのか」という質問がありましたが、事業を自身で継続したい場合にはIPO、次の事業をやりたい場合にはM&Aという選択肢もあるかもしれないとの回答が示されました。

5限目 国産高頻度人工呼吸器(排痰補助装置)の開発から上市までの軌跡
早川 剛一先生
株式会社IBS
MDDコースのゴールのひとつである「受講生が医療機器開発を行い、講師として戻ってくる」という姿を実現された早川先生にご講義いただきました。医療機器開発とは無縁の会社を経営されていましたが、非営利的かつ非科学的なきっかけから挑戦を始められたそうです。医療機器開発の現実は、常に「デスバレー」現象との戦いでした。基礎研究から実用化に至るまでの過程では、資金・時間・技術のすべてが不足する過酷な状況が続き、さらに利害関係や社内対立、長期開発による関係者の疲弊、スタッフの離反といった困難が連続して起こったと語られました。何度も断念しかけながらも、呼吸困難で子どもを亡くした保護者からの言葉に背中を押され、「一日でも早く同じ思いをする保護者を救いたい」という強い思いが原動力となり、開発を続けてこられたとのことです。ご講義では、医療機器ビジネスに参入する際に覚悟すべきこととして、開発には5〜10年という長い年月を要すること、規制対応は想像以上に厳格であること、そして市場導入も承認後にさらに時間を要することが示されました。質疑応答では、「何度も『デスバレー』現象に直面されたと思うが、既存事業とのバランスをどう取ってきたのか」という質問が寄せられましたが、「何度もやめようと思ったが、そのたびに保護者や関係者の声に励まされ、ここまで続けることができた」と答えられたのが印象的でした。

6限目 医療機器開発プロジェクトにおける事業化戦略とビジネスモデルの考え方
吉田 智之
株式会社ディースリーマネジメント
本講義では、医療機器開発を事業化していくうえで欠かせないビジネスモデルについて学びました。ビジネスモデルとは「存続の仕方」であり、戦略とは「競争優位の築き方」であると整理されました。スタートアップの現場では、しばしばビジネスモデルよりも「価値あるプロダクトを生み出すこと」が最優先されがちです。なぜなら、そもそも本当に価値のある製品を作り出すこと自体が極めて難しいからです。しかし、価値だけに注目し、その実現方法を効率化しなければ、長時間労働に頼るブラック企業化の危険もあると警鐘が鳴らされました。また、独自の価値提案に成功しても、すぐに模倣されてしまうため、供給サイドの設計やビジネスモデルの工夫が欠かせないことが強調されました。スタートアップは急成長を前提としたビジネスであり、時間の経過とともにいかにスケールしていくかの決断を短期間で迫られます。特に初期段階では、いきなり大きな市場を狙うのではなく、まずは小さな市場を独占し、そこからどのように拡大していくのかという時間軸を描くことが重要だと示されました。さらに、「卓越した独自の価値を生み出してこそのビジネスモデル」であるため、まずは「本当の価値とは何か」を徹底的に考える必要があります。講義では、戦略キャンパスの事例としてQBハウスやIKEAなどが紹介され、どのようにシンプルかつ持続的な価値を顧客に届けているかが具体的に解説されました。また、どんなに優れた価値を生み出しても、それを顧客に伝えなければ意味がありません。そのためには営業やマーケティングが不可欠であり、価値と業務が定まった後には、時間とともにどのようにスケールさせていくのかを計画することが大切だとまとめられました。
次回は、「MDD Group Working ーⅥ ~医療機器開発のための事業化計画~」、「医療機器開発と保険償還➀」、「医療機器開発と保険償還②」について学びます。
メディカルデバイスデザインコース2025運営チーム