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【MDD Diary 2025】#16 (2025/10/18)

2025-10-26

1限目 医療機器開発のマーケティング

宮坂 強 先生

サムエルプランニング株式会社

多くの人が「マーケティング」と聞いて思い浮かべるのは、販売やプロモーションといった活動かもしれません。しかし宮坂先生は、真のマーケティングとは開発初期、すなわちコンセプト段階から関わり、医療現場で生まれるニーズを的確に捉え、それを解決する製品を社会に実装していく一連のプロセス全体を指すのだと説かれました。

講義の中で特に印象に残ったのは、「社会実装してこそ医療機器開発が成功したといえる」という言葉でした。そのためには、臨床現場の実態を深く理解し、課題の本質を見極め、ニーズを正確に構造化する力が求められると感じました。

2限目 本気の産学官連携で事業化に漕ぎ着けた自己組織化心臓血管修復パッチ

根本 慎太郎先生

 大阪医科薬科大学医学部外科学講座胸部外科学教室 

小児の心臓外科では、成長に伴って再手術を余儀なくされるケースが多く、しかもその再手術は極めて困難で、医師と患者の双方に大きな負担を強いるものでした。先生はこの課題を前に、「子どもの成長を妨げない修復パッチをつくりたい」という強い思いを抱かれたといいます。自己組織化というアイデアの種はあったものの、それを現実の医療機器として形にするためには、膨大な知識、経験、人脈、資金、そして開発に必要な設備が求められました。しかし当時、先生のもとにはそのいずれもなく、あったのは臨床医としての切実なニーズと情熱、そして「きっとできるはずだ」という揺るぎない信念だけだったと振り返られました。

自ら医療機器開発の全体像を学び、協力してくれる企業を探し、資金を集め、チームを組み上げていかれました。その過程には、アカデミア・企業・行政が垣根を越えて連携する産学官連携の姿がありました。開発の始まりから販売に至るまでには実に10年、治験開始から5年という長い年月を要しましたが、現在では、心臓血管修復パッチは実際に製品化され、海外展開も視野に入り、新たな応用へと発展を遂げています。

3限目 患者適合型カッティングガイドとインプラントの開発・実用化

村瀬 剛先生

ベルランド総合病院

整形外科医としての臨床経験に端を発し、研究、開発、そして社会実装へとつながるプロセスを実体験に基づいてご講義いただきました。。村瀬先生は、骨折治療や変形矯正の分野において、従来の2次元画像だけでは得られない正確な骨構造の理解に限界を感じておられました。そこで、3次元骨モデルを用いた研究に着目し、Screw Displacement Axisという技術を応用することで、肘関節の屈伸軸を精密に算出することに成功されました。この成果をもとに、関節キネマティクスの研究を臨床へと応用し、上肢の変形矯正治療をより高精度に行うシステムを開発されたといいます。この研究開発は、単なる技術革新にとどまらず、事業化という具体的な成果へと結実しています。助成金の獲得、起業、関連企業との共同研究、さらに臨床応用を経て、実際の治療現場で用いられるまでに至りました。現在では、クラウドシステムによるデータ管理、ビッグデータ解析やAIを用いた治療効果予測、さらには海外展開など、より広い領域への展開にも取り組まれています。

4限目 AI内視鏡で実現する医療の未来

三澤 将史先生

昭和大学横浜市北部病院 消化器センター

先生は、世界的に見てもAI研究の多くが製品化や社会実装にまで至っていない現状を指摘されたうえで、その壁を乗り越え実際に承認・加算に結びつけた自身の経験を通じ、医療AI開発の現実と可能性を語られました。AI研究を始めたきっかけは、「診断が均てん化されていない」という臨床現場での強い問題意識にありました。内視鏡診断や病理診断は医師の経験や感覚に左右される部分が大きいです。そこに「主観を排除できないまま、診断されているのではないか」という疑問を抱いたことが、先生をAI研究へと向かわせた原点だったといいます。2013年当時、まだ「AI」という言葉が世界ではほとんど使われていなかった時代、先生は科研費を獲得して研究を開始されました。トライ&エラーを繰り返しながら、アルゴリズムに精通した研究者との出会いをきっかけに、最終的には専門医に匹敵する診断精度を持つAI内視鏡システムを開発することに成功しました。しかし、研究が順調に進んでも、薬事申請へと進む段階で壁に直面したといいます。三澤先生は3度目の挑戦で研究費を再度獲得し、薬機法承認を目指した多施設共同研究を立ち上げました。精度をさらに高めるために、先生自身も機械学習の知識を独学で深め、アルゴリズム構築に直接関わったとのことです。その結果、ついに薬機法による承認を取得し、さらに診療報酬への反映にも挑戦。2024年2月、AI内視鏡として初めて診療報酬加算が認められるという大きな成果を達成されました。

5限目 遠隔心臓リハビリテーション実現の道のり

谷口 達典先生

大阪大学国際医工情報センター/大阪大学大学院医学系研究科循環器内科学/株式会社リモハブ
 「自分はごく普通の医師だった」という言葉から始まった講義でした。先生は卒後、日々の診療のなかで、「こういうデバイスがあればもっと患者さんを助けられるのに」と思うことが多かったといいます。先生が注目されたのが、心不全患者の再入院という臨床的課題でした。要因のひとつとして、心臓リハビリテーションの実施率が低いことが挙げられます。心臓リハビリは心不全におけるクラスⅠ治療として確立されているにもかかわらず、実際に週3回以上の運動療法を継続できている患者はわずか1割程度という現状がありました。そこで先生は、通院の負担を軽減し、自宅にいながら無理なく継続できる「遠隔管理型心臓リハビリシステム」を構想されました。クラウドを介して医療施設と患者がつながる仕組みを作り、プロトタイプの段階から手応えを得て企業化へと発展させたといいます。医療機器開発は、“ニーズを見つけ、開発し、事業化する”という一連の流れを体系的に理解してこそ実現できるものですが、日本にはこの一気通貫のプロセスを担える人材がまだ少ないという課題を指摘されました。

6限目 けいれん性発声障害の症状根治を目指した新規医療機器『チタンブリッジ』の開発

讃岐 徹治先生

名古屋市立大学 耳鼻咽喉・頭頸部外科学

稀少難治疾患である「けいれん性発声障害」に対して開発された新規医療機器「チタンブリッジ」についてご講義をいただきました。けいれん性発声障害は、声帯を動かす筋肉に不随意なけいれんが生じ、声が途切れたり震えたりする疾患であり、診断までに10年以上を要するケースも少なくありません。症状には波があり、時には正常に発声できることもあるため、周囲から「精神的な問題」と誤解されることもあります。診断と治療を行える医療機関が全国でも限られている中、ボツリヌストキシン注射が一時的に症状を和らげる唯一の治療として行われてきましたが、その効果は平均2〜3か月しか持続せず、患者は定期的に注射を受け続けなければなりません。こうした現状を変えるべく、「根治的な治療法を確立したい」という一心で、甲状軟骨形成術Ⅱ型という新しい手術法を考案し、その中で用いる医療機器として「チタンブリッジ」を開発されました。内転型けいれん性発声障害の根本的な症状改善を目指したこの手術法とデバイスは、臨床研究を重ねる中で有効性と耐久性が実証されました。幾多の困難を乗り越え、2018年7月2日には全国の医療機関で保険診療として正式に導入されるまでに至りました。

講義終了後に、オンラインでMDD2025修了式が行われました。グループワーキングの結果発表と表彰状授与が行われました。続いて、当センター長の日比野先生より受講生へ修了証が授与されました。最後は恒例の記念撮影を行い閉幕しました。2016年に始まったMDDコースも今年で10周年を迎えました。MDDコースをご受講いただきました皆様、そしてご講義いただきました先生方、ご協力いただきました医療機器メーカーの皆様、あらためまして感謝申し上げます。皆様の益々のご活躍をご祈念申し上げます。

メディカルデバイスデザインコース2025運営チーム一同